日本製鉄(日鉄)のUSスチール買収はなぜ禁止された? 投資のメリットとデメリットも解説

アメリカのドナルド・トランプ大統領は2月9日、石破茂総理と共に登壇した共同記者会見の場で、日本最大手鉄鋼メーカー「日本製鉄」による「USスチール」買収計画をめぐる騒動について言及。

日本製鉄がUSスチールの株式の過半数を保有することは許可せず、あらためて「買収ではなく投資」を検討すると述べ、

  • 「USスチールは世界一の企業だった。それを他国に買わせるつもりはない」
  • 「誰もUSスチールの株式の過半数を持つことはできない」

と譲らなかった。

当初、日本製鉄はUSスチールの株式を完全子会社化する計画を立て、世界の粗鋼生産ランキングで業界3位に入ることを狙っていたが、これで完全に計画は白紙に。

この記事では、トランプ大統領(アメリカ)がなぜ日本製鉄のUSスチール買収を妨害したのか、そして、「買収」から「投資」へと強制変更されたことによって、日本製鉄側にはどんなメリットやデメリットがあるのかについて紹介する。

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なぜ日本製鉄(日鉄)のUSスチール買収はアメリカに禁止・妨害されたのか?

まずは日本製鉄が世界の鉄鋼業において4位の生産ランキングを誇っていること、そして、買収を狙っていた“かつての覇者“USスチールが業界で27位に沈んでいることに触れておきたい

これは2022年時点のランキングだが、もしも日本製鉄がUSスチール買収を成功させた場合、その年間生産量は一気に中国の鞍山鋼鉄集団を抜いて、3位にアップするということになる。

しかし、そのプロジェクトは2人の大統領によって妨害されてしまう。

そもそも日鉄による買収禁止を命令したのはジョー・バイデン前大統領による判断で、現在のトランプ大統領によってその方針を継承されたというカタチになる。

では、なぜ、バイデンは日本製鉄によるUSスチール買収を禁じて妨害したのか。

筆者の見解

ここでは私なりの分析で解説します

アメリカ大統領や米国政府が、もし日本製鉄によるUSスチール買収に対して介入(禁止・妨害)したとすれば、いくつかの国家的・戦略的観点からその理由が考えられます。以下はその可能性のある理由の例です。

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由①:国家安全保障上の懸念

USスチールは、アメリカの基幹産業のひとつであり、国防やインフラの維持に関わる重要な資源です。外国企業が支配権を握ることで、機密技術や生産能力、あるいは戦略的資源が国外に移転するリスクを懸念する可能性があります。

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由②:国内産業および雇用の保護

USスチールは多くの雇用を支え、地域経済に大きな影響を与えています。外国企業による買収は、経営方針の変更やコスト削減策として雇用の削減が行われるリスクがあり、これが国内経済や労働市場に悪影響を及ぼすと判断されることがあります。

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由③:技術や知的財産の流出防止

USスチールが保有する製造技術やノウハウ、その他の知的財産は、国際競争力の源泉ともなり得ます。外国企業に移ることで、これらの技術情報が戦略的に不利な形で利用される懸念があるため、政府が介入する可能性があります。

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由④:戦略的産業のコントロール維持

鉄鋼業は、戦時や経済危機の際に国家の安全保障や産業基盤として重要視されます。アメリカ政府は、戦略的に重要な産業の所有権が外国に移ることを防ぎ、国としての自立性や対応能力を維持しようとする場合があります

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由⑤:外交・地政学的配慮

買収の相手国(この場合は日本)との政治的・経済的バランスや、国際的な影響力の観点から、重要企業の所有権が変わることにより、外交関係や同盟関係に影響を与える可能性があると懸念される場合もあります。

日本製鉄がUSスチール買収を阻止された理由⑥:CFIUS(外国投資委員会)の関与

米国には、外国からの投資が国家安全保障に及ぼす影響を審査するCFIUSという機関があります。CFIUSが審査を行い、買収が国家安全保障に対してリスクをもたらすと判断した場合、最終的に大統領がその勧告を受け入れて買収を阻止する措置に踏み切ることがあります。

以上のような理由が、アメリカ大統領や関連当局が日本製鉄によるUSスチール買収に対して禁止や妨害といった措置をとる背景として考えられます。なお、実際のケースでは具体的な契約内容、企業の経営戦略、政治的状況などが複雑に絡み合うため、これらの要因がどの程度影響を与えるかは個別に判断される必要があります。

現在、世界では紛争や争いが頻発しており、もしもアメリカと日本の間で有事が発生した場合、武器を作る上で重要な位置を担う事になる鉄鋼メーカーが他国に支配されているという状態を懸念した可能性が高い

ただ、最終的にトランプ大統領は“買収ではなく投資を検討“と述べており、日本側はそれに従わざるを得ないというのが現状だ。

では、ここで新たな疑問が生じる。

日本製鉄はUSスチールを「買収ではなく投資」となったことで日鉄側にどんなメリットとデメリットがある?

当初の予定は大幅に狂ってしまった日本製鉄側だが、果たして今回の変更にメリットはあるのか?

筆者の見解

私の考えは以下になります。

日本製鉄側のメリット①:規制・政治リスクの軽減

完全な買収の場合、国家安全保障や独占禁止法、CFIUS(外国投資委員会)などによる厳しい審査対象となる可能性が高いですが、投資形態であればこれらのリスクが比較的低く、政治的・規制上の障壁を回避しやすくなります。

日本製鉄側のメリット②:資本効率の向上とリスク分散

全額買収に比べて投資であれば、巨額の資金投入を避けることができ、万が一事業環境が悪化した場合の損失リスクも限定的になります。また、少数株主として参加することで、直接的な経営リスクを抑えることができます。

日本製鉄側のメリット③:将来的な再交渉の余地

初期は投資という形で足がかりを築き、実績や信頼関係が確認できた段階で、将来的により大きな影響力や統合を目指す選択肢を検討する柔軟性が残ります

日本製鉄側のメリット④:政治的な配慮への対応

米国政府の懸念をある程度回避することで、米国内での事業展開や今後の他の投資案件に対しても、良好な政治・経済関係を維持しやすくなる可能性があります。

一方で、多くのデメリットも目立ちます。

日本製鉄側のデメリット①:経営支配権の制限

投資に留まる場合、買収のように経営権や意思決定への強い影響力を持つことは難しくなります。これにより、USスチールの経営戦略や事業方針に対する直接的なコントロールが限定され、シナジー効果を十分に享受できない可能性があります。

日本製鉄側のデメリット②:シナジーの限定性

完全な統合ができれば、サプライチェーンの合理化や技術・ノウハウの共有など大きなシナジー効果が期待できたかもしれませんが、少数投資の場合はそのような統合メリットが薄れ、戦略的優位性を十分に発揮しづらくなります。

日本製鉄側のデメリット③:経済的リターンの不確実性

投資による利益は、配当や株価の上昇などに限定されるため、完全買収による事業再編・統合で得られる大幅なコスト削減や収益改善と比べると、長期的なリターンが限定的になるリスクがあります。

日本製鉄側のデメリット④:影響力の分散と外部依存

米国企業の経営に対して十分な発言権を持たない場合、米国内の市場環境や経営陣の判断に大きく左右されることになり、外部要因に依存する度合いが増える可能性があります。

以上のように、「買収」から「投資」への形態変更は、日本製鉄にとっては短期的なリスク回避や資本効率の観点ではメリットがある一方、長期的な経営支配やシナジー効果の実現、そして戦略的な収益拡大という点では不利な面があると考えられます。

最終的には、どの程度の経済的・戦略的リターンを実現できるか、また米国側との協力関係や市場環境がどのように展開するかによって、メリット・デメリットのバランスが変動するでしょう。

これらを総合的に踏まえると、やはり、どこか日本製鉄側にモヤモヤが残り、トランプ大統領にとって都合の良い結果に終わったような感が否めないだろう。

もちろん、今後も交渉の余地は残されているため、引き続き状況を注視していきたいところだ。

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